不機嫌
2005年7月4日なんていうかなぁ、お前の話はいつも綺麗事なんだよ
現実が見えてないって感じ?
言われて、素直に「へぇ」と思った
お前みたいな女の子はね、一度何もないところへ行ってくるといいよ
アフガニスタンとかでね、何もないところに行けば
今の環境のありがたみがわかるだろう
そう言われて、得意げに話す彼らの顔をまじまじと見て
今度は素直に「へぇ」なんて思わずに
私はあんまり納得出来なかった
私は今の日本の豊かさに対して「不満だ」と言った記憶はない
ただ、環境というのは不思議なもので、何かを得れば、更にその次が欲しくなる
それは貧しいとか富んでいるとかは関係なくて
それぞれの生活の中で、ひとつクリアすると次を目指すというのは
おそらく自然な欲求なんだろう、と言ったまでだ
貧しい人は「あぁお金持ちになりたいなぁ」と思うかもしれないし
どこかの社長さんは「あぁ家族で夕食をとる時間がほしい」と思っているかもしれない
私が思うのは、人の悩みはそれぞれで
他人の憶測などあてにならないということなのだ
だから、出来ることといえば、
自分が納得する方向へひたすらに向かっていくことぐらいなんじゃないか?
私たちは日々取捨選択の繰り返しを行っているでしょう?
何かを得れば、何かを失う、その繰り返し
ただ得たいものと、失いたくないものが、人それぞれに違いすぎて
だから私たちは時には上手に譲り合ったり、時には血を流して奪い合ったりすることになる
とくに、形あるものは数に限りがあるから尚更だ
私が耳にしているピアスを指差して、彼は言う
そのシャネルのピアスはどうしたの?
自分で買ったのよ、欲しかったから。と私はうんざりして言う
また、出た、このパターンの議論は退屈
予想通り、彼は勝ち誇ったように言う
ほらね、お前は欲しいものを何でも手に入れられる環境にいて
欲しいものが手に入らない環境があるってことを忘れている
つまらない議論
それじゃ、貴方のそのプラダのお財布はどうなの?
グッチのポーチはなんなの?その高尚な考え方に基づいて
今貴方がそれらを所有している意義を説明してちょうだいよ、
私への訓示とつじつまの合うようにね。
と内心思ったけれど、どうせ彼らの機嫌を損ねるだけだから
黙っていた
それにしてもあんまりにもばかばかしくて、私はついむきになってしまった
私は今の環境には感謝しているし、毎日を幸せだと感じている
私が生きていくために食べている食料で、代わりに誰かが死んでいくのも事実だし、
せめてそのことだけは忘れないように、と毎日思っている
人の屍の上に自分の生がある以上、私が出来る精一杯のことは
生きていられる、というこのチャンスを精一杯生き抜くことだと思っているから。
文句があるなら、面と向かって言ってくれればいい。
お互いが一生懸命に自分の生き方を提示して、
そのぶつかりあったところを着地点としたい、というのが私の人生に対する考え方。
わがままな考え方だと思う
でも、私なりに極地的なポイントに存在する「私」という人間の生き方と、
社会の中の「私」という人間の生き方の帳尻がうまくあわなくなりそう、と悩んだときに出した答えだ。
私の人生、全てを社会的なことに捧げられるほど私は出来た人間じゃない。
欲しいものは欲しいし、欲しくないものは欲しくない。
であれば、せめて仕事という公共的な作業を通して
私は社会に微力ながら還元していこう、と思ったまでなのだ
だから、私は自分の仕事の見返りとして得た給料で
欲しいものを買うことにも、今は罪悪感を感じずにすむ
私は頑固だから、きっとそう簡単にこの考え方を変えないだろう
だけど私は同時に、とても影響を受けやすいから
素晴らしい人、と思った人に怒られたり、諭されたりしたら
驚くほど簡単に納得もしてしまうだろう
ただ、人にお説教する以上は
まずは自分の肩の埃を払ってきてね、と思うだけ
ただ、それだけのこと
現実が見えてないって感じ?
言われて、素直に「へぇ」と思った
お前みたいな女の子はね、一度何もないところへ行ってくるといいよ
アフガニスタンとかでね、何もないところに行けば
今の環境のありがたみがわかるだろう
そう言われて、得意げに話す彼らの顔をまじまじと見て
今度は素直に「へぇ」なんて思わずに
私はあんまり納得出来なかった
私は今の日本の豊かさに対して「不満だ」と言った記憶はない
ただ、環境というのは不思議なもので、何かを得れば、更にその次が欲しくなる
それは貧しいとか富んでいるとかは関係なくて
それぞれの生活の中で、ひとつクリアすると次を目指すというのは
おそらく自然な欲求なんだろう、と言ったまでだ
貧しい人は「あぁお金持ちになりたいなぁ」と思うかもしれないし
どこかの社長さんは「あぁ家族で夕食をとる時間がほしい」と思っているかもしれない
私が思うのは、人の悩みはそれぞれで
他人の憶測などあてにならないということなのだ
だから、出来ることといえば、
自分が納得する方向へひたすらに向かっていくことぐらいなんじゃないか?
私たちは日々取捨選択の繰り返しを行っているでしょう?
何かを得れば、何かを失う、その繰り返し
ただ得たいものと、失いたくないものが、人それぞれに違いすぎて
だから私たちは時には上手に譲り合ったり、時には血を流して奪い合ったりすることになる
とくに、形あるものは数に限りがあるから尚更だ
私が耳にしているピアスを指差して、彼は言う
そのシャネルのピアスはどうしたの?
自分で買ったのよ、欲しかったから。と私はうんざりして言う
また、出た、このパターンの議論は退屈
予想通り、彼は勝ち誇ったように言う
ほらね、お前は欲しいものを何でも手に入れられる環境にいて
欲しいものが手に入らない環境があるってことを忘れている
つまらない議論
それじゃ、貴方のそのプラダのお財布はどうなの?
グッチのポーチはなんなの?その高尚な考え方に基づいて
今貴方がそれらを所有している意義を説明してちょうだいよ、
私への訓示とつじつまの合うようにね。
と内心思ったけれど、どうせ彼らの機嫌を損ねるだけだから
黙っていた
それにしてもあんまりにもばかばかしくて、私はついむきになってしまった
私は今の環境には感謝しているし、毎日を幸せだと感じている
私が生きていくために食べている食料で、代わりに誰かが死んでいくのも事実だし、
せめてそのことだけは忘れないように、と毎日思っている
人の屍の上に自分の生がある以上、私が出来る精一杯のことは
生きていられる、というこのチャンスを精一杯生き抜くことだと思っているから。
文句があるなら、面と向かって言ってくれればいい。
お互いが一生懸命に自分の生き方を提示して、
そのぶつかりあったところを着地点としたい、というのが私の人生に対する考え方。
わがままな考え方だと思う
でも、私なりに極地的なポイントに存在する「私」という人間の生き方と、
社会の中の「私」という人間の生き方の帳尻がうまくあわなくなりそう、と悩んだときに出した答えだ。
私の人生、全てを社会的なことに捧げられるほど私は出来た人間じゃない。
欲しいものは欲しいし、欲しくないものは欲しくない。
であれば、せめて仕事という公共的な作業を通して
私は社会に微力ながら還元していこう、と思ったまでなのだ
だから、私は自分の仕事の見返りとして得た給料で
欲しいものを買うことにも、今は罪悪感を感じずにすむ
私は頑固だから、きっとそう簡単にこの考え方を変えないだろう
だけど私は同時に、とても影響を受けやすいから
素晴らしい人、と思った人に怒られたり、諭されたりしたら
驚くほど簡単に納得もしてしまうだろう
ただ、人にお説教する以上は
まずは自分の肩の埃を払ってきてね、と思うだけ
ただ、それだけのこと
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